LOGIN「はぁ、はぁ……」
直立したまま爆笑する事1時間、柚希の「もういいよ~」という言葉で俺は生き地獄から解放された。
慣れない姿勢で、しかも爆笑しながらの1時間は想像以上にキツかった。「お疲れさま~。大丈夫?」
「いや、だいじょばない……」 「ははは」両手と両ひざを床に付いた状態で呼吸を整える。
しばらくして呼吸も落ち着いてきた時「じゃあ、この鏡の前に立って自分を見てみて」
柚希に促され何とか立ち上がり鏡の前に立つ。
「これは……?」
鏡に映し出されたのは笑顔で姿勢よく立つなかなかのイケメンが居た。
「柚希! こ、これって……!」
興奮しながら柚希に尋ねる。
「それが本来のおにいちゃんだよ」
このイケメンが俺?
鏡に映った自分を見て驚愕していると「始めたばかりだからそんなだけど、これを続けて行けばもっと変わると思うよ?」
「は? え? もっと変わるのか?」今でも十分イケメンの部類に入るかもしれないのに、もっとイケメンになれるだと?
俺が半信半疑でいると柚希は自信ありげに言う。「兄妹なんだからもっといけるよ! それともお兄ちゃんには私がそこまで可愛く映ってないのかな?」
「いやいや! 柚希は滅茶苦茶可愛いよ!」俺が興奮気味に言うと
「ふふ、ありがとう。 だからお兄ちゃんももっと上を目指そう?」
俺を諭す様に柔らかい口調で言ってくる。
ここは兄の意地を見せなければ!「ああ、柚希のお蔭で自信が沸いてきたよ!」
こうしてキツイ訓練が終わった。
と思っていたら「じゃあ、次の訓練に移りますか」
という天使の声色で悪魔の言葉がリビングに響いた。
「あー! あー! あ~。 あー!」俺は今精一杯の感情を乗せて叫んでいる。
柚希から出された新たな特訓は『喋り方に抑揚を付ける!』だった。 その一環で『あ』だけで喜怒哀楽を表現しろという事で今に至る。「あー! あー! あ~。 あー!」
何度も繰り返し挑戦しているが、中々柚希からのオーケーが貰えない。
「あー! あー? あぁ~。 あー!」
幾度となく繰り返される『あ』
普段ろくに喋らないから限界が近い。 少し休憩していいか提案しようと試案していたら「あ! 今の良かったかも!」
という色良い反応があった。
「マジで?」
「うん。今の感じでもう一回やってみて」そう言われもう一度『あ』で喜怒哀楽を表現してみる。
「うん、これならオッケーかな。今の感じを忘れない様にしてね!」
「あぁ、わかった!」柚希の助言に自分なりに感情をのせて返事をすると
「そうそう! その調子でね!」
と素直に褒められた。
そこで気が付いた。 努力して褒められるのってこんなに嬉しい物だったんだなぁと。 俺が感慨に耽っていると柚希から厳しい口調で指摘される。「姿勢が悪くなってきてるよ! ちゃんと意識して!」
「あ! わ、わかった」指摘されて初めて姿勢が崩れてるのが分かった。
慣れるまで常に意識してないとダメだな。「あと、口角も下がってきてるから気を付けてね」
「おう!」 「表情筋は使わないとどんどん低下していくから、冬休みの間1日3回20分のトレーニングはキチンとやってね。これを疎かにすると他の努力も無駄になるから!」 「わかった!」特訓を始めて思ったけど、柚希って結構スパルタだな。
将来教育ママになったりして。「それで次の特訓なんだけど、最後に家族以外で人と喋ったのいつ?」
実の妹から言葉のナイフで切り付けられた!
心の痛みに耐えながら最後に会話した場面を思い出す。「えーっと、期末試験のときかな?」
数少ない会話を絞り出す。
「どんな内容だったの?」
「俺が消しゴムを落として、隣の女子がそれを拾って『消しゴム落としたよ』って渡してくれたから『ありがとう』っていう内容かな」俺がエピソードトークを披露すると、柚希はあからさまな溜息を吐いて
「それ、会話って言わないから」
と心なしか冷たい声音で言われ
「それに、お兄ちゃんの事だからそんなスマートにお礼言えたとおもえないんだよね~」
「うっ!」効果は抜群だ!
「だから、次の特訓は実践で喋ってもらいます」
「はぇ?」驚きと戸惑いが混じって変な声が出てしまった。
「でも、いきなり知らない人と話すのはまだ難易度高いから、私と雑談しよう!」
「雑談?」 「そう! 他愛もない事で盛り上がれれば合格かな」そう言って柚希は俺の正面に座る。
「じゃあ、お兄ちゃんから話題振って!」
俺は妹相手にさえ会話が止まったり、しどろもどろになったりと自分のコミュ力の無さに打ち非がれたのだった。気が付けば男が倒れている。 これは……俺がやったのか。 沙月の腕が払い除けられた後の記憶が無い。 っ! 沙月は? 沙月は無事なのか? 視線を彷徨わせると、地面にへたり込んで泣きじゃくっている沙月の姿があった。 沙月の傍に行き声をかける。「沙月! 大丈夫か?」 言いながら沙月の肩に触れようとすると「触らないで!」 沙月が俺を睨んでいる。 どうして? なんで俺を睨むんだ……。「沙月……」「どうして……どうしてこんなヒドイ事出来るの!」「俺は沙月を守らなくちゃいけないんだ」「だからって……何もここまでしなくてもいいでしょ!」「俺は沙月の兄代わりで父親代わりなんだ。だから沙月を傷つける奴は許せない」「そんなの……そんなのは小さい頃の約束じゃない! 私はもう子供じゃない!」「なんだと―――」 沙月の言葉でまたもや頭に血が上っていく。 沙月に詰め寄り手を伸ばそうとした時「おい! お前ら何やってるんだ!」 偶然通り掛かったか、俺達の言い争いを聞いた誰かが呼んだのか。 数人の教師が怒鳴りながらこちらに走って来る。 教師は倒れている男を見ると 「すぐに保健医を呼んできます」 と一人の教師が走って行く。 すると残った教師は俺を囲み「お前、自分が何をしたか分かってるのか!」「取りあえず進路指導室まで来い」 と言って無理やり腕を掴み連行しようとする。 だが俺は何も悪くない。「宮田君は私に告白しただけなんです……それなのに水樹先輩が゛……」「っ! 沙月、何言ってるんだよ」「宮田君は
沙月の噂の原因が水樹にあると聞かされた。 正直、何故そこで水樹が出て来るのか見当もつかない。「水樹が原因ってどういう事だ?」「疑問に思うのは当たり前だな。説明すると長くなるけどいいか?」 と聞かれ「ああ、大丈夫だ」と返すと「そうだな、事の始まりは沙月が中学2年で俺が3年の時だな」「結構昔なんだな」 中学時代に何があったのか興味が出る。「同じ中学だったんだけど、当時はこの家によく遊びに来てたんだ」「そうそう、あの時は毎日家に来てたよね~」 と水樹は昔の事を語ってくれた。 * * * * * *「タカくん、ココア飲む?」「あぁ、サンキューユウ姉ちゃん」 従妹の家に行くといつもユウ姉ちゃんが世話をしてくれる 叔母さんが仕事で遅く帰ってくるからユウ姉ちゃんが母親代わりになっていた。「はい、お待たせ」「いつもありがとうユウ姉ちゃん」「それはこっちのセリフだよ。気にかけてくれてありがとう」「叔父さんが亡くなった時に沙月と約束したから。お礼なんていらないって」 叔父さんは俺達が小さい頃に交通事故で亡くなった。 当時の沙月は父親っ子だったから相当ショックを受けて塞ぎ込んでた。 その時沙月と約束をした。 俺が沙月を守る。父親や兄の様に振る舞って沙月を守ると約束した。 中学も学区は違ったけど沙月と同じ中学に進学した。 高校もユウ姉ちゃんが通ってる咲崎高校に通う予定だ。「それにしても沙月のやつ帰って来るの遅いなぁ」「今日は委員会があるって言ってたよ」「そうなんだ」 時刻は18時過ぎ。日が落ちるのも早くなり外はすっかり暗くなっている。 心配になった俺は外で待とうと玄関を開けると「今日は送ってくれてありがとう」「大した事じゃないよ、それじゃあバイバイ」「バイバ~イ」 はぁ、今日もか。 沙月は俺に気づいたらしく
俺の家から国道に出て真っすぐ走っている。 バイクに乗るのは初めてだが、こんなに寒いとは思わなかった。 水樹の言う様に暖かい服装をしておいて良かった。 しばらく国道を走っていたが、いつの間にか市街地を走っていた。 そして段々と住宅地に入って行く。「何処に向かってるんだ?」 と声を大きめに出して聞くが「なに? 何か言ったか?」 と、やはり走行中に会話は難しいみたいだ。 しばらく住宅街の中を走ったと思ったら唐突に止まった。 バイクから降りて水樹に尋ねる。「ここは何処だ?」「目的地はそこの家だよ」 と言って水樹が指刺した家を見る。 すると表札には『桐谷』の文字が刻まれていた。「もしかして沙月の家か?」「正解、ちょっと待ってろ、バイク仕舞ってくるから」 と言って水樹は沙月の家の車庫に消えていった。 まさかこんな形で沙月の家に来る事になるなんて思わなかった。 しばらくして水樹が戻ってくると、迷わずインターホンを押した。 それを見て「ちょ、何してんだよ」「何って家に上げて貰うんだよ」「それは分かるけど、心の準備が出来てない」「そんな物は準備するようなモンじゃないけどな」 と、やり取りをしていると「どちら様ですか?」 とインターホンから返事が返ってきた。 すると水樹は「オレっす。孝弘っす」 と水樹が答えると、家のドアが開いた。 中から出てきたのは友華さんだった。 「どうも、お久しぶりっす」「久しぶりです。今日はどうしたんですか?」「ちょっと沙月に用があって。帰ってきてます?」「沙月ならさっき帰ってきましたよ……友也君!?」 ようやく俺の存在に気づいた友華さんが驚いている。「どうも、お久しぶりです」「
教室に行くと田口がテンション高く喋っていた。 何があったのかと近くまで行くと「いや~、マジでパないっしょ~!」「いや、大袈裟だろ」「でも羨ましい~! 俺もバイク買おっかな~」 どうやらバイクの話をしている様だ。「おっす」 と挨拶すると、水樹が「丁度いい所に来た、友也に話があったんだよ」 と言い俺の横に来る。「話ってなんだ?」「俺さ中型のバイク買ったんだよ」「あ~、だから田口のテンションがおかしかったのか」「アイツはいつもおかしいけどな。それで友也に今日付き合って貰いたくてな」「ん? 付き合うって何を?」「まぁ簡単に言えばツーリングだな」「いやいや、俺は免許持ってないぞ」「分かってるって。2ケツで行くんだよ」「俺なんかでいいのか?」 というやり取りをした後、水樹は俺にしか聞こえないトーンで「沙月について話しておきたくてな」「沙月?」「ああ。俺と沙月が従妹同士ってのはこの間話しただろ?」「あれはビックリしたよ」「沙月の彼氏になったお前には話しておかなきゃならない話があるんだ」「……わかった。付き合うよ」 沙月に関しての話なら聞かない訳にもいかない。 俺が了承すると「それじゃ、学校終わったら友也の家に迎えに行くわ」「オッケー」「あっ、なるべく風を通さない暖かい格好に着替えておいてくれ。この時期のバイクはかなり寒いからな」「分かった」 と水樹との会話が終わるのと同時に予鈴のチャイムが鳴った。 毎度の如くチャイムが鳴ると同時に担任が入って来る。「あ~、今日は大事な知らせがあるー。知っている奴もいると思うが、近くで女子学生が監禁されるという事件があった。犯人は未だ捕まっていないらしい」 知らなかった生徒もいたらしく、教室中がざわめく。 担任は動揺してるざわつい
皆でファミレスに行ってから二日が過ぎた。 最初こそは揶揄われたりしたが、今はいつもどおりに過ごしている。 だが、今までと違う点がある。 毎日行っていた柚希との会議が無くなったのだ。 俺に彼女が出来たから必要無くなったのかと思ったが、そうでは無かった。 一度なんで会議が無くなったか聞こうと柚希の部屋を訪ねたら、中から柚希の話声が聞こえた。 聞こえてくる会話で彼氏と話しているんだという事が分かった。 会議が無くなったのは俺に彼女が出来たからではなく、柚希に彼氏が出来て俺に構う時間が無くなっただけだろうと結論づけた。 まぁ好きな人を優先してしまう気持ちは分かる。 俺も沙月とは結構長電話してしまうからな。 だけど、兄としては少し寂しい気持ちもあった。 以前までは会議の時間だったが、今はアニメを見る時間になっている。 大体は録画した物を消化している。 今日も録画していたアニメを見ようとテレビを付けると、臨時ニュースがやっていた。 いつもならスルーするのだが、ニュースの内容が見逃せなかった。 アパートの一室で女子高生が監禁されていて未だに犯人が捕まっておらず、しかも犯行のあったアパートが俺の地元だったからだ。 妹を持つ身としてはやはり心配してしまう。 ニュースを見ているとLINEの通知音が鳴った。 確認すると楓からで、内容は〈話したい事があるから明日早めに学校に来て欲しい〉との事だった。 俺は〈分かった〉と返事を返し、明日の為にアニメは諦めて寝る事にした。 翌日、いつもより早く登校して理科室に向かう。 教室に入ると既に楓が居たが、表情が優れない。「おはよう」「おはよう、急にごめんね」「大丈夫だよ。それより話って? 何か困った事でもあった?」 と聞くと、楓は少し言いにくそうに「柚希ちゃんに彼氏が出来たのは知ってる?」 と聞いてきた。 柚希に彼氏が出来た事は誰にも言っていな
修学旅行の振替休日も終わり、久しぶりの学校に登校する。 今日は沙月と付き合った事を皆に報告する予定だ。 その事に関しては不安は無いのだが、今の俺には一つ心配事がある。 それは柚希に彼氏が出来た事だ。 妹がいる奴ならたかだかそんな事で心配するとかシスコンかよ! と思うだろう。 だが、柚希は自己顕示欲が高い! 自分にとってプラスになる存在しか認めない。 そんな柚希が彼氏を作ったという事は、その彼氏に何かしらの価値があるのだろう。 しかも相手は大学生なので、その辺りも心配だったりする。 と、色々考えている内に学校に着いた。 教室入り自分の席に鞄を置きいつもの溜まり場へ向かうと「トモー! おっはよー!」 と南が元気に挨拶してくる。 「おはよう、友也君」 楓も挨拶してくる。 二人とも今までと変わらず接してくれる。 なので俺も今までどうりに挨拶を交わす。 中居や水樹達にも挨拶をして話を聞いていると、どうやらクリスマスの話をしているらしい。「でもでも~、中居君と及川は二人で過ごしたいっしょ~?」 と田口が通常運転でウザさを発揮すると「こ、恋人なんだから一緒に過ごしたいに決まってるでしょ!」 と及川が田口に反撃すると、中居が「そうか、佳奈子は俺と居たいんだな」「えっと、その、あう~」 と揶揄って及川が茹タコ状態になってしまった。 なんだかんだとこの二人は上手くいってるみたいだ。 丁度中居と及川の話が出たので、この機会に話しておこう。「えっと、皆に報告があるんだけど」 と言うと、楓と南がピクリと反応した。 そして中居と水樹は「なんだぁ? もしかして彼女できたか?」「そっかぁ、友也にもようやく春がきたか」 と、まだ報告していないのに彼女が出来た体で揶揄ってくる。 まぁ、彼女出来たのは当たってるんだけど。







